対談
第40回:(株)HCI代表取締役社長 奥山浩司(剛旭) ×国立研究開発法人産業技術総合研究所 加藤智久研究チーム長
新たな技術をつくるエネルギー(第2話)
最先端技術に取り組む産総研(国立研究開発法人産業技術総合研究所)先進パワーエレクトロニクス研究センター、ウエハプロセスチームのチーム長を勤める加藤智久さんと、奥山社長。お二人にパワーエレクトロニクス、ロボット、AIなどについて語っていただきました。
宮西: 最初にパワーエレクトロニクスについて教えていただけますか?
加藤: 電気が効率よく世の中で使われていくためにはどのような工夫ができるかを考えるところが私の勤務するパワーエレクトロニクスセンターです。そしてパワーエレクトロニクスとは簡単にいうと電気を変換する技術のことです。送電時や電力変換時の電気の損失を防ぐのがキーワードで、これを実現するのがパワー半導体です。
宮西: 普通の半導体とは違うのですか?
加藤: パソコンなどが恩恵を受けている材料が単結晶のシリコン(Si)と呼ばれる半導体で、奥山が作っているロボットの中の半導体もこういうものでできているわけです。その電力制御で使うパワー半導体の心臓部も現在はシリコンが使われています。パワー半導体は、交流を直流にしたり、電圧を制御してモータを駆動したり、バッテリ―で充電したり電源(電力)の制御や供給を行うことに用いることができます。でもシリコンは電気を通すと発熱してエネルギーを損失する欠点もあります。
加藤: 熱によるエネルギー損失の例を送電網で考えてみましょう。たとえば、発電所から各家庭まで送られる電気は、最初は50万から100万ボルトで流れてきます。でも家電の動作は最終的に数ボルトまで電圧を下げて使っています。
つまり電気が手元に来るまでには変電所など電圧の変換を何度か繰り返すので、発電所で発電した電気が変換の度に熱となり損失していきます。
この「損失」が実は馬鹿にならないのです。原子力発電所で考えたら、今、国内の原子力発電所が全国で57基ありますが、そのうちの6基分相当がエネルギー損失と同じとも言われています。
奥山: へえ~。損失が大きいのは知っていたけど、それまでとは……。
加藤: もうひとつは、電気は利用の目的によって直流にしたり交流にしたりするけれど、この変換でも電気を損失してしまう。そこでこういった電流・電圧の変換を損失なく変えていくという取り組みを行っているわけです。
そのためには電力変換の少なくする新しいパワー半導体用単結晶とそのウエハの開発が必要で、私の勤める研究部門ではその目的を果たす炭化ケイ素(SiC)の結晶成長技術やウエハ加工技術のを行っているんです。
奥山: 加藤は今、日本だけでなく世界で最も重要なエネルギーをテーマにした課題に取り組んでいるわけやね。
奥山: 最近では電気自動車の取り組みもあるよな?
加藤: そうそう。電気自動車にはインバータ(バッテリーからの直流(DC)電流を交流(AC)電流に変換し、交流モータを駆動する電源回路)が必要で、その回路に使うパワー半導体も損失の少ない物を使うことが理想です。
まだまだガソリン車が主流だけど、それと同じくらい快適な電気自動車が徐々に登場し始めています。そして、車の電動化が進めば家電のような高機能化も進んで車はどんどんインテリジェント化していきます。
これは今後のSiCの開発とともに加速することは確かで、そうなればさらに高度な安全設計、信頼性もこれまでになかったシステムで実現できると考えられています。
奥山: 海外ではどうなっているんかな?
加藤: ノルウェーでは新車の半分以上は電気自動車という状況みたいです。ハイブリッド自動車を開発しているトヨタでも、このままだとCO2の削減に間に合わないということで、「トヨタ環境チャレンジ50」という目標をたて2050年までにCO2排出をゼロにしようとしています。SiC搭載のインバータのおかげでガソリン車以上のエネルギー効率の良い車が近い将来に登場するんじゃないかと思いますよ。
奥山: 電車についてはどうかな?
加藤: すでにご存じだと思うんだけど、実は電車には結構早くから搭載され始めて、2012年からSiCの実装が少しずつ始まっているんだよね。そして今や、“山手線“の新しい電車にもSiCのインバーターが搭載されているし、2020年3月からは、筑波にゆかりのある“つくばエクスプレス”にも搭載予定です。
それから、東海道新幹線も2020年春から営業車両として登場するN700Sも、更に高電圧を制御する高性能SiCフルインバーターが搭載されている。こちらも試験走行が順調だと聞いてますよ。
奥山: 出張が多く、とてもよく利用している新幹線、加藤の研究がここでも役立っているとは……
加藤: 新しい新幹線で特に凄いところは回生ブレーキのシステムで、SiCを搭載したのおかげでトップスピードの300キロから初めて使えるようになったんだよね。これまでのシリコンを使ったシスデムでは普通のブレーキである程度まで減速しないと使えなかったので、電力の回収効率がものすごく高くなります。
宮西: 回生ブレーキとはどういうものですか?
加藤: ブレーキを踏むとモーターから発電されるシステムで、その負荷で減速をする仕組みになっています。これは今のハイブリッド自動車の蓄電システムにも既に取り入られている技術ですね。SiCを搭載した新幹線も自分で発電しながら、その電力を他の電車にも送れるようになっています。
加藤: 今、5分に1本の頻度で新幹線が走っているので、東海道新幹線全体での省エネ化は相当なものになるし、そのおかげもあって1300席全部にコンセントが付けられる。これはお客さんにとってとてもありがたい話ですよね。
宮西: すごい! 新幹線のコンセントが全席に付くんですね。嬉しいです。それでは次に奥山社長の仕事を教えてください。
奥山: 今、HCIが行っている事業は二つあって、ひとつは、ケーブル製造装置メーカーとしての事業。もうひとつは、ロボットシステムインテグレータとしての事業で、FA・ロボットシステムインテグレータ協会の一員として、ロボットシステムが重要であることや職業観の形成に努めたり、実際に産業用ロボットのシステムを構築したり、そして、AIシステムの構築も行っています。
しかし、今こうして加藤の話を聞いていると、旧友が自分の携わっているロボットを創るための部品を研究してくれていることがわかって、嬉しく、とても頼もしく感じたよ。それに貴重な電気を無駄なく使う技術は、我々の未来にとってとても大切なことだね。
加藤: 今、人間は電気が当たり前の便利な世界に生きているから、残念だけどもう火と水だけがエネルギーだというような原始の世界には戻れない。
同時に、人間が作り出し用いている電力などのエネルギー資源が地球環境の負荷の原因になっているのも否めないから、この負荷を可能な限り減らして、限りある電力やエネルギーを上手に活用していくというしくみを完成させていかなくてはならないと思っているんだよね。そういう意味でも無駄を排除していく高い技術が大切で、それを実現する一つの手段がパワーエレクトロニクスなんじゃないかなと。
奥山: 環境問題は見逃せない課題で、生活は豊かになっているが、加藤たちが研究している省エネ技術により、本当の意味で皆が豊かになれたらいいな。
加藤: それこそが真のインテリジェント化だと思うし、これからやってくるスマート社会を実現するために効率のよい電力利用、電力バランスを最適化する技術が一日も早く完成することに期待したいね。
奥山: 情報と電気の流れが効率よく働くことで、スマート化に進んでいきそうだな。
(第2話終了)
コメント
新幹線のグリーン車ならば全席にコンセントがついているものの、普通車には窓際と最前列だけで、その座席を確保するのが大変だったかたもいらっしゃるのでは? ところが加藤さんの関係する研究のおかげで全席にコンセントが付くようになるなんて、本当にありがたいことです。次回はいよいよお二人の未来やヴィジョンについて語っていただきます。